やってしまった横浜マラソン いわゆる脱水症というやつ。
お話になりませんでした。昨年より+3分。
とりあえず思いついた悪かった点。
・アップ後の水分補給を怠り脱水症になってしまった。
・にんにく料理は大会前に食べるべきではなかった。
・ウエアの首元が息苦しかった。
・全力走は大会前2週間?1か月のスパンを空けること。
前半5kmは20分20秒で入った。ペース的には早かったけど無理して飛ばしているという意識はまったくなかった。また、それほどのしんどさも感じてなかった。
しかし、6km地点で突然体が金縛りにあったように動かなくなってしまった。胸部からつりはじめ全身へと波及。全身が硬直状態。
こんなことは人生初体験だ。そして一歩踏み出すごとにふくらはぎもけいれんを起こす。胸部がつっているため呼吸することもままならない。
意識も朦朧としてちょっとしんじゃうかなと思った。はた目にもけっこう危険な状態だったようで係員の人に止められそうになった。でも給水所までは歩かないで頑張った。そして給水場で立ち止まりゆっくりと水を飲み干した。
レース参加史上初の一時停止。そこで棄権しようかと悩んだけど尊敬する人の言葉を思い出しフラフラと走り出した。
ほとんど歩いているような速度だったから何百人もの人に抜かれた。悔しい。その後はウォーキングとジョギングの間くらいのペースで走り続けた。
水分補給したおかげで上半身のつっている状態からは多少解放された。しかしそこでペースアップしようとするとふくらはぎと太ももがつってしまう。なので最後までペースアップはできなかった。
今回ははじめからきもちでも負けていた。でもあんな状態でも最後まで走りきった。そこはほめてあげないとあのときの自分がかわいそうだ。
それにしても、やはり何か変だ。なにかがどうかなってる。それを具体的な言葉にしていかないと次もダメだろう。
お疲れさん会も最近お気に入りの韓国料理屋だったのにずっとしんみりとしてた。うまいもの食ってるのにしんみりするとは。。
いろいろ考えよう。
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第21回東日本国際駅伝のリザルトと感想など
第21回東日本国際駅伝のリザルト
http://www.runningkanagawa.com/eji_ekiden.html
2010年 10月3日 第21回東日本国際駅伝
15.742Km 男女混成 1時間09分17秒
個人成績:1区5km 20分17秒
チーム成績:自己申告のため公式タイムと多少の誤差が生じてます。
1区:5km 20分17秒
2区:5.234km 23分00秒
3区:3.305km 14分50秒
4区:2.203km 11分10秒
94位/約1700チーム
正式な参加チーム数はわかりませんがおそらく上位5%以内の成績は残すことができたはずです。驚いたというのが正直な感想です。メンバーがそれぞれ現状持てる力のすべてを出し切って頑張った結果です。全員に感謝感謝です。
レース経過や感想など
わたしが走るのは初めての一区。どんなものかと多少不安に感じたけどほとんど緊張はしなかった。
道路がすいていたこともあって10時30分には会場入り。一区のスタートは13時。だいぶ間が空いてしまう。誘惑は多かったけど基本的になにも腹に入れない方針を貫く。
11時半、10分ほどアップ。キロ6分ペースくらい。
12時きっかり、同じく10分。キロ6分と5分半くらいを交互に。
12時30分、キロ5分ペースを織り交ぜながらやっぱり10分。
12時40分スタート位置に付く。先頭から3列目くらいをどうにか確保。冷やかしにきたメンバーにあわせて緊張したふりをしてたら本当に緊張してきた。
スタート、いつものごとくドバッと抜かれまくる。ちょっと抜かれすぎなんじゃないかと焦ってしまうほど抜かれた。開始数十秒で500人くらいに抜かれたんじゃなかろうか。
抜いていった人たちの全員が全員がこんなオーバーペースで走りきれるとは到底思えず序盤は様子見に徹する。様子見の間もずっと抜かれっぱなし。500?700位くらいの大集団のなかを彷徨っていた感じ。
折り返し地点で「あれ?もう半分?」と勘違いしてしまい若干のペースアップ。じつはこの時点では1.5kmくらいでまだ3分の1にも達していなかった。
のんきに「残り1kmくらいか、今回は短く感じるなぁ」とペースアップを続けてたところ「いま何キロ地点ですか?」と係員に質問をするランナーの声。
いいぞ、何キロ地点なのだ?とそば立てていたわたしの耳に「んー2km地点くらいかな」という無情なお言葉が飛び込んできた。
「げぇ」と思ったところで一度調子づいたペースをみずから崩すわけにもいかずそのままのペースを維持。ここからは我慢大会。ペース自体は悪くないのでだいぶ抜いたような気もするけどまるっきり覚えてない。
「ラスト1km!」という沿道からの声。ふつうはペースアップするところだけど飛ばしすぎた自分はもちろんペースダウン。2km?4km区間をおそらくキロ3分40秒?4分ジャストの超オーバーペースで走っていたダメージが一気に噴出。
ヘロヘロでキロ5分ペース近くまで落ちていたんじゃなかろうか。脚は終わってないけど心肺が完全にご臨終。自分が息をしてるんだかしてないんだかわからなくなってチアノーゼ一歩手前のひどい状態。
それでも「あの変な帽子の人には負けたくないぞ」と勝手に標的をつくってラスト200mから再びペースアップ。ここでスパートをかけられるのが駅伝パワー。一人だったら絶対無理。
標的にしてた変な帽子の人を抜いてペッコンペッコンな状態でタスキを渡した。
20分17秒だからキロ4分03秒ペース。4分は切れなかったのか?というみずからの問いに対しては躊躇無くハッキリと無理とこたえる。もう一秒も無理。
順位は100位前後くらいだったろうか。リーダーとして最低限の役割は果たせたはずだ。その後はメンバー各自が順位を大幅に落とすことなく100位以内を死守。
一人一人は遅いのにチームになるとそこそこやれる。それがとてもうれしかった。
レース後はあまりおいしくないハンバーグなどを食し2時間ほどウダウダしてました。


